月詠聖杯戦争5日目 夜パート3

12/18日 17:00 月詠ハイアットホテル最上階
 個人用ヘリコプターを几帳面にヘリポートに着陸させ  月詠ハイアットホテルの屋上に降り立ったセイバーとアンナは、  有無を言わさず足場を切り崩して最上階に飛び込んだ。  律儀なのか強引なのかよくわからない主従である。  最上階に飛び込んだアンナ=エーベルハルトは。例によって口上を述べようとして、うっと息を呑んだ。  息が詰まるような、濃厚な血臭が、そこには満ち満ちていた。  臭いだけで十分に吐き気を催す、が  最上階のホールのいたるところに備え付けられた拷問器具は、さらに吐き気を誘った。  鉄の処女、内に棘のついた鳥篭、吊具、  恐るべきことに、そのすべてから血が滴り落ちている。  そしてその血は管を通り、ホールの真ん中にある白磁器の浴槽に集まるようになっていた。  その、鮮血の浴槽につかる銀髪の少女がけだるげに、客を歓迎した。 「うむ。名乗りはどうしたのじゃ?  おぬしらがくるとわかっておったので、ちょうどさっき在庫を絞りつくしたところじゃ。  わらわはなかなか貧乏性でな、何かきっかけがないとこういう贅沢はできんのじゃ。  見てみるが良い? いい色じゃろう? これこそ最高の美容というものじゃよ」  自分の浸かる鮮血を当然と掬うキャスター。  杏奈=エーベルハルトという少女は、正直、ビビった。  確かに彼女はナチスドイツの残党に軍人として育てられるという、ちょっと異常な環境に育ってきたが  周囲の大人はおおむね好意的であり、訓練はつらかったが、露骨な悪意をぶつけられたことはなかったのだ。  彼女が普通の学生としての部分を多分に持ち合わせているのは、そのせいでもある。  聖杯戦争を正々堂々とした騎士の戦いと思っているのは、そのせいでもある。  だが、しかし。ここに来て彼女は知った。  この世には……どうしても分かり合えない、理解したくもない存在がいるのだということを。  それでも、震える声で、彼女は矜持にかけて言い切った。  秩序中庸として、相手が形式を守っているのなら、こちらも守らなければいけない。 「私は、ナチスドイツアーネンエルベの魔術仕官、アンナ=エーベルハルト中尉です。  セイバーのマスターとして、このたびの聖杯戦争に参加しています」 「うむ。わらわはキャスターとしてこのたびの聖杯戦争に参加しておる。こやつがマスターのリアンじゃ」 「わんっ! こんばんはー! いい夜だねっ!」  浴槽の陰から、ひょこんと青髪の幼女が顔を出す。ピンクのふりふりドレスに、手首に手枷を嵌めた倒錯的な姿だ。  その実際は男の子なのだから、なおさら倒錯的である。ちなみに服装は100%、キャスターの趣味だった。  アンナは  理解したくないものを前にして、それでもなお、几帳面に理解することに努めた。  杏奈とて年頃の女子として、美容に気を使う気持ちはわからないでもない。  目の前の相手は、ただその度が過ぎているだけなのだと  いや、しかし…… 「それだけの血を集めるのに……貴方はいったいどれだけの人を浚ったのですか?」 「はん。おぬしは今まで食べたパンの数を覚えているのかの?」  それが戦いの合図だった。  ちなみにアンナ=エーベルハルトはその恐るべき几帳面さで、  物心ついたときから日記をつけていたので、パンの数を計算することも不可能ではないし  キャスターは生前、何人浚って血の風呂に沈めたのかを裁判の際にちゃんと自己申告していたりする。 「行きますよ、セイバー!」 「無駄話は終わったか? では久しぶりに化物退治と行くか」 「おぬし、うらわかき乙女を捕まえて怪物とは失敬なやつじゃな!」 「おかーさんは若いよ? きゃすたーさんじゅうななさいだもんね」 「何か含みを感じるの……」 「キャスター。こちらは剣士で貴女は魔術師。結果は見えています、おとなしく首を打たれなさい!」  アンナが律儀に宣告する。彼女が言っているのは、セイバークラスに特有の高い対魔力のことである。  特にこのセイバーの対魔力はA+に達する。つまりA以下の魔術をすべてキャンセルするのだ。  魔術師にとっての天敵といっても過言ではない。  アンナが自信満々にキャスターの工房に突入したのも決して慢心からではない。  だが、キャスターは全くひるまなかった。  (ちなみにお互い、真名を知らない。それが後に悲劇を呼ぶ) 「にょほほ。たしかにわらわはキャスターじゃがの。  それだけで夜のわらわを討てると思っていたのなら、少し油断が過ぎたの、小娘」  キャスターが風呂から出る。風呂の鮮血が意思を持つように後に続き、真紅のドレスと長手袋を形作った。  そしてキャスターから膨大な魔力が膨れ上がり  視界のすべてが鮮血に染まった。  宝具の発動である。 ―――――― [位置関係 キャスター/リアン:セイバー/アンナ]  一瞬後  そこは月詠ハイアットホテルの最上階ではなく  白亜の大理石と真っ赤な絨毯の敷かれた、城の大広間になっていた。  窓には冒涜的なステンドガラスがはめ込まれ  夜空には真紅の、巨大な月が昇る。  どこからか沈痛な音楽が流れ  床にはありとあらゆる種類の拷問器具が散乱している。  アンナが自分の知識に照らし合わせ、驚きの声を上げた。 「これは……固有結界!? さすがはキャスターというべきでしょうか……」 「いや、いわゆる『固有結界に限りなく近い大魔術』という奴じゃよ。本物は維持がきつくて仕方ないからの」  先ほどと同じ距離にたつキャスターが、にょほほと笑う。  そして軽く手を振ると、床に転がった拷問器具が、意思を持つように一斉にセイバーとアンナに襲い掛かった。 「ぬうっ!」 「くっ!」  セイバーが剣を一振りすることでそのほとんどが吹き飛ぶが、鎖やトラバサミが執拗にセイバーたちを襲う。  セイバーに庇われていたアンナがうめき声をもらす。絨毯が針となって、彼女の右足の甲を貫いていた。  流れ出した血が、赤い絨毯に吸われていく。 [ターン頭。キャスターが宝具『鮮血拷問城(チャフティツェ・フラド)』を使用。  シーン作成。セイバーとアンナにBSの継続ダメージを付与。さらに肉体的な達成値ペナルティを与える] 「ここはわらわの世界。その最後の血の一滴まで、わらわが吸い尽くしてくれるからの。  うむ。おぬし、やはり処女じゃな。まろみが違うわ」 「マスター!」 「問題ありません、この程度、手助けは不要です!」  アンナが靴の先に指先でルーンを描く。解放のルーン。  痛みもあり、キャスターの魔術を解除するには不可能かと思ったが、何とか成功した。  針のような絨毯が、ただの糸に戻る。  さらにセイバーに援護のルーンを描く。勝利のルーン。彼女がもっとも得意とするルーンだ。 "[継続ダメージHP−5、瞬間強化をセイバーに。自分を回復、目標A 12an4-5=3 ラック使用+2、解除]" 「見事だマスター!」  主に賞賛を送りながら、セイバーがキャスターを一刀両断にすべく飛び出した。  セイバーを拘束しようと拷問器具が飛び掛るが、単純なパワーですべてを引きちぎる。 [無窮の武練で達成値ペナルティを無効化。行動後、耐久で判定し継続ダメージを解除] [攻撃。25an5+4an4=23成功]  しかし鉄をも断つその一撃は、キャスターの前に立つ子供によって  まるで小枝のように、いともあっさりと受け止められた。  信じがたい光景である。 "[リアン防御 32an5+5an5=30成功。回避]" 「なにっ!?」 「おかーさんをいじめる奴は……いなくなっちゃえ!」 「なっ……セイバーの一撃をマスターが!?」 「何を驚いておるのじゃ? わらわは今まで油を売っていたわけではないのじゃぞ?  戦闘は元々苦手なのでの、盾を強化してたのじゃよ」  リアンがまとうピンクのふりふりドレス。手枷。そのどちらもが一級品の礼装である。  加えてこの結界内は、キャスターだけではなくリアンにもその恩恵を最大限に与えていた。  結果  セイバーの一撃を軽々と受け止める死徒がここに誕生したのである。  呼び出したバーサーカーを気前よく同盟者に与えたのも、この盾に絶対の自信を持っているからに他ならない。 「にょほほ、もちろん攻撃の手はリアンだけではないぞえ?  セイバーの対魔力とやらで、これを防げるのなら防いで見るのじゃ!」 「むっ!」  キャスターの翻したドレスのすそから、正確にはその影から  鎖につながれた、無数のトラバサミが飛び出した。  その大きさはホオジロザメに匹敵する。鯨を引き回すような巨大さだった。  それが砲弾のような勢いで、無数に殺到する。  なんとその獰猛な鋼鉄の捕食者は、セイバーの対魔力を貫いた。  キャスターの魔力は、現在神代の魔術師にも匹敵している。 "[キャスターがセイバーに魔術攻撃 33an5+4an4=30]" "[セイバー防御 32an5+4an4=29 ダメージ1+8-18=0]"  それでも、セイバーの剣技はそのすべてを大剣で叩き落した。  対魔力も破られはしたが、十分にトラバサミの勢いを減じている。 「ちっ。それでもシングルアクションでは届かぬか。厄介なものじゃな、セイバーのクラスというものは」 「舐めるな、キャスター!」 「それではこっちはどうじゃ? 名付けて、レベルを上げて物理で殴る作戦!」 「どっかーん!」  リアンが両手を水平に広げ  その両手に嵌められた手枷から鎖が伸び、両脇の柱に先端のトラバサミががっしりと食いついた。  まるで自ら、中吊りになったような体勢。アンナがぱちくりと瞬きした。ひっかかったのかしら?  だが、死徒の怪力はその常識的な判断を覆す。  ぼごんぼごん!と 大理石の柱が真ん中で引っこ抜けて、鎖につながったまま遠心力を獲得してセイバーたちに襲い掛かった。  これはキャスターが自作した対軍礼装、滑車手枷である。桁外れの怪力がなければ拘束具にしかならない代物だ。 "[リアン 瞬間強化使用 対軍攻撃 37an5=30]" "[セイバー防御 27an5+4an4=25 5+30-25=10ダメージ ただし無効化]" "[セイバーカバー 27an5+4an4+2=27 3+30-25=8ダメージ ただし無効化]" 「きゃあああ!?」 「マスター!」  セイバーがアンナを庇い、大理石の直撃を受ける。粉々に砕け散る大理石。  しかし常人なら絶命確実どころかネギトロと化す一撃を受けても、セイバーは全く無傷だった。  セイバーならではの耐久性? いや今の一撃はそれで説明がつくレベルではない。  リアンは「あれー?」と首をかしげているが、キャスターは目ざとく指摘した。 「概念防御! おぬし、一定ランク以下の攻撃を無効化する宝具を持っているな?  にょほほ、がんばるが、真名が知れたときが最後じゃな」 「たしかに。俺の『魔竜の呪血(ジークフリード)』はAランク以下の攻撃を無効化するが。  白兵戦でサーヴァントでもない相手に遅れをとるのは少しショックだったな。ちなみに弱点は背中だ」 「ええそうですね。大英雄シグルドともいうものが情けないですよ」 「ぼふおっ!?」  盛大にふきだすキャスター。自分から正体と弱点をばらした!?  勿論ハッタリの可能性もあるが、シグルドという真名は、その能力や外見と合致しすぎている。  実際本当である。  しかしアンナは、セイバーが自分の正体を自ら露見したことの意味を瞬時に汲み取っていた。  つまり、これからすぐにバレバレになるのだから、隠す意味もないということだ。 「幸い、場所もおあつらえ向きだしな。固有結界か。周囲の被害をどうするかは考え物だったからな」 「そうですね、ちょうど良かったですよ。ではセイバー。宝具の使用を許可します!」 「応!」 「ちょ、まさか! ちょっと待つのじゃ!」

[2ターン目    キャスター/リアン:セイバー/アンナ "   IV セイバー16,アンナ13,キャスター10,リアン5 "     アンナ HP-5 MP-4     リアンMP-13     セイバー HP-5 MP-5     キャスター MP-8]
 セイバーがその大剣を大上段に振りかぶる。  キャスターたちが夜の帳を味方につけるというのなら  彼らは、日輪の輝きを味方につけていた。  真名解放

     「『運命られし破滅の剣(グラム)』 !」

 振り下ろすと同時、剣が太陽の輝きを放ち  刀身が砕け散るとともに、膨大な熱線となって解き放たれた。  その熱量はアーケードを吹き飛ばした梵天覇軍(ブラフマーストラ)をなお上回る。  まさに地上に出現した太陽だった。 [セイバー行動。 キャスターに宝具使用。MP-35 65an5=54]  これこそ、魔剣の頂点に位置する太陽剣。最高の聖剣エクスカリバーと対をなす最強の魔剣。  ムスペルヘイムの炎を再現する一撃だった。  熱線によって大理石も、絨毯も、拷問器具も蒸発し、血の蒸気が立ち込める。  そして立ち込めた蒸気が晴れた後には 「ああああああああっ!」  リアン=カードが立っていた。  手枷のトラバサミを地面につきたて、なお数十mも押し込まれ  ピンクのドレスは鎧のような、盾のような形状となってリアンと、その影のキャスターを守っていた。  ぶすぶすとリアンの肌が焼けているのは、太陽の光を浴びた故の重度の火傷だった。  しかし、それでも、リアンはキャスターを守りきった。 "[リアンカバー 42an5=35 ダメージ19+5+22-22=24(太陽光扱いで5点追加ダメージ)]"  勿論被害は甚大だが、動けないほどではない。というか、半分削れた程度である。 「あ、あっつううううううい! あついよ、お母さん!」 「にょ、にょほほほほ! やった、勝ったのじゃ!   正直ちょっと死んだかと思ったのじゃが、やりすぎと思えるぐらい強化しておいて本当に良かったのじゃ!」 「あらまあ……本当に頑丈ですね。まさか太陽剣の一撃を受けて普通に立っていられるなんて」 「まあ手応えからして予想はしていた。  俺自身が食らっても何とか生き残れるからな。俺より殴り合いで優れているとはそういうことだ」 「ふはははは。どうしたんじゃセイバー? いやシグルドよ?  大英雄様の自慢の切り札がこの程度では、公爵夫人すら倒せそうにないの。太陽剣、恐れるに足らずじゃ!」  胸を張って勝ち誇るキャスター。  まあ確かに、真正面からセイバーの対城宝具をくらってなお耐え切ったのなら自慢にもなるが  その場合褒められるべきはリアンではないだろうかという気がしないでもない。  熱い熱いと転がるリアンの傷は急速に復元しつつある。死徒に備わった復元呪詛の効果だ。  しかし、それでもセイバーとアンナは落ち着いていた。  既に覚悟は決まっているのだ。 「ではもう一発。いけますか? セイバー」 「多少補給してもらえれば問題ない」 「にゃにっ!? ちょ、セイバーの癖にどっからそんな魔力を持ってきておるんじゃ!」 「この指輪の魔力を使った。今の一撃は、半分以上はここからまかなえたんでな」 「ええ。私たちの太陽剣は隙を見せない二段構えが基本ですから」  セイバーが見せたのは、彼の指にはまった黄金の指輪。悪名高きアンドヴァリの指輪である。  手にしたものに富と破滅もたらすが、強力な魔力タンクでもある。  ついでに、アンナも自分の右手に三角揃った、竜を象る令呪を見せ付けた。 「もしも二発打ち込んで足りないようなら、令呪で回復させてさらに二発打ち込みます」 「ちょ!?」 「胸をはれ、キャスター。貴様は間違いなく外道だが、俺たちにここまでやらせるのは、  貴様たちが間違いなく最強クラスの組み合わせだからだ」 「はい。だからこそ、ここで決着をつけます。どの道この結界を張られた時点で、私たちは逃げられませんからね。  逃走に令呪を使うぐらいなら、一発でも多く太陽剣を叩き込んだほうが有意義です」 「く、クレイジー! 狂っておるぞおぬしら!」 「貴様にだけは言われたくなかったな。では我慢比べと行こうか、キャスター!」 以下ダイジェスト
3ターン目 「『運命られし破滅の剣(グラム)』 !」 「うあーん!」 「令呪を以って命ずる、セイバーよ勝利せよ!」(HPMP回復) 「ええいリアン、背中じゃ、奴の背中を狙うのじゃ!」
4ターン目 「リアン、フェイクバーサーカーを呼び出すのじゃ! 盾じゃ、盾がいるのじゃ!」 「うんっ。れいじゅをもってめいずる、ばーさーかーよ、ここにさんじょうせよっ!」  しーん 「うおう、まさかもう倒されておったのか!? ええい役立たずめが!」 「後悔とお祈りは終わったか?『運命られし破滅の剣(グラム)』 !」 「うわーん!」 「まずっ!? リアン、令呪を使ってガードするのじゃ! 今回復するからの!」(令呪で防御判定+10) 「支援しますよセイバー、私の魔力はこれで最後です!」
5ターン目 「まだ倒れない……こうなったら防御を考えず全力で行ってください!」 「応! 『運命られし破滅の剣(グラム)』 !」 「うわーん!」 「リアン、お前も防御に専念するのじゃ!」 「令呪を以って命ずる、セイバーよ勝利せよ!」(HPMP回復) 「こ、この小娘、いい加減にせんか!」
6ターン目

「『運命られし破滅の剣(グラム)』 !」

 五度目の太陽剣がホールを薙ぎ払った。  優美なダンスホールは、あちこちがえぐれ、蒸気を吹き出し、もはや灼熱の火口のような有様となっている。  壁も窓も天井も柱もあらかた吹き飛び、天に浮かぶ赤い月以外は、ほとんど原形をとどめていない。  結界そのものが崩壊していないのは、威力のほとんどをリアンが受け止めているからだった。  逆に言うと余波だけでこの有様である。 「くっ……」  アンナが熱気を魔術でガードしながら下唇をかむ。  五度の太陽剣。  本来なら月詠ハイアットホテルどころか、その区画丸ごと廃墟と化すだけの熱量である  しかし、まだ戦いは続いている。  驚嘆すべきことに、リアンは耐え続けていた。 「あっつううううううい! 熱いよお母さん、助けて!」 「よしよしリアン。今回復してやるからの」  誤算はキャスターの存在だった。  リアンだけなら、復元呪詛があろうとも3発の太陽剣で片付いていたはずである。  (3発必要な時点で既にとんでもないのだが。月詠市の全サーヴァント含めてもダントツに硬いだろう)  しかしキャスターが完全に回復に回ってから旗色がまずくなった。  元々。対魔力が高いセイバーがいるので、キャスターのことは軽視していたことは否めない。  長期詠唱魔術を叩き込まれたときはさすがに通ったが、  それも令呪で回復したし、2ターンに1回なら先にリアンを倒してしまえばいい。  だが、セイバーに打撃を与えるほどのキャスターが、完全に援護に回るとどうなるか。  とんでもなく回復するのである。  太陽剣一発のダメージを帳消しにするほど回復する。 "[キャスター リアン回復 32an5+4an4 29回復 MP15消費]"  勿論大量の魔力を消費しているはずだが、こちらの令呪とキャスターの魔力の  どちらが先に尽きるかといえば、かなり怪しいところがある。  しかも相手は魂食らいの常習者である。  令呪はあと一画残っているが、この戦法をこのまま続けて勝ち目があるかどうか。  相手の令呪も一画消費させたが、リアンの手にはもう一画が残っている。  回復効率は間違いなく、あちらのほうが上だろう。  物量戦を挑んだのは間違いだっただろうか?  いや、あの時点で、他にキャスターを倒し得る方法はなかったはずだ。  アンナ自身は魔力をすべてセイバーに渡してしまったせいで、  座り込んでいることしかできない。満足に援護も行えなかった。 (結局……支援の差、ということですね)  サーヴァントと人間を比べるのはナンセンスかもしれないが、そういうことだ。  セイバーとリアンだけなら、セイバーは必ず勝っていた。  しかしそれぞれを援護するものの力量の差のせいで……勝てない。 「セイバー。燃料はどれほど残っていますか?」 「キャスターの攻撃を気にしなくて良くなったので余裕はある。令呪なしでももう一発はいけるとも」 「そうですか。しかし……倒せそうにありませんね」 「太陽属性が弱点なのが唯一の救いだな。全く、信じがたい頑丈さだ。悪竜以上かもしれないぞ」 「キャスターが最弱のクラスなんて誰が言ったんでしょう。いえ、準備する時間を与えすぎたせいですけどね」 「確実な方法は、一度引いてバーサーカーやランサーと攻め直すことだが……」 「多勢に無勢など絶対に御免です」  騎士道にもとる。  このような状況で、このような相手を前にして、なお彼女は二対二の決闘に拘っていた。  いや、彼女はこの相手を当初全く理解できない相手と思っていたが  この数分で見直しさえしていた。  たしかに行いは外道で趣味は邪悪に間違いないだろうが 「しかし、逃げないんです。結界を張っているのはあちらですから、いくらでも逃げれるでしょうに」 「単純に足が遅いせいかもしれないが、まあ令呪を使えば可能だな」 「なんといっても太陽剣を五発ですよ? しかも弱点です。よほど怖いでしょうに、  あのマスターはサーヴァントを守り続けているんです。それは、騎士の行いに相応しいでしょう。褒めたくありませんが」 「色々逆転しているが、たしかにな。俺の時代にはそんな文化はなかったが。しかしお前は気に入らなくても褒めるんだな」 「私の快不快と、正しいか間違っているかは別の話ですから」  まったく、妙な性格の女だった。  まあ、面倒くさいところは、彼のかつての恋人と似ているともいえるかもしれない。  さておき、今は戦争の話だ。 「ではその覚悟に免じてもう三発、ぶち込むか」 「はい、それが限界ですし、それしかないかもしれませんが……」 「にょほほほ。そろそろ燃料切れかの?  降参するならそこの女はわらわのペットとして飼ってやってもよいぞ? 勿論処女は破らんから安心せい!」 「おかーさん、しょじょちゅーだもんね。ちゅー」 「守られるほうに感謝の気持ちが全く見えないのが腹立ちますね……」 「気にするな。古今東西、女とはそういうものだ」  セイバーが太陽剣を六度、振り上げる。  アンナには援護のための魔力は尽きている。令呪の後押しをしても、おそらく倒しきれないだろう。  ならば六度目の太陽剣が終わった後に、令呪で回復させるしかないのだが…… (できること……今の私のできること)  たとえば考えること。  何か決定的な弱点があれば。  たとえば、セイバーにとっての肩甲骨の間のように。  熱気に苦しみながら、アンナ=エーベルハルトは考え続ける。 "[アンナ 真名看破 12an4-5=8 成功]" 瞬間、彼女は顔を跳ね上げた。 「わかりました――――キャスター、貴女の正体!」 「は?」 「吸血鬼、拷問器具、自称伯爵夫人、そしてこの(元)白亜の城……  貴女こそ、血の伯爵夫人エリザベート・バートリィですね!」  沈黙。  指差されたキャスターはなにやら呆れた風である。 「いや、そうじゃが……気づいてなかったのかの? この結界の時点でバレバレだったと思うんじゃが」 「え、そうですか?」 「おぬしらが滅茶苦茶にしてくれたが、チェイテ城こそわらわの終生の居城よ。  というか、わらわ以外にこの条件に当てはまる奴がいたら出てこいという感じじゃ」 「それだけではありません! 彼女は元々魔術師でもない人間のはず。  あなたがそこまで強い魔力を持っているということは、吸血鬼伝承を取り込んでいるからですね!」 「だからそれも見ればわかるじゃろ!」  逆切れするキャスター。初対面で正体の見当がついてしまうレベルである。  彼女をモデルにした『カーミラ』という物語は『ドラキュラ』の祖となった。  つまり吸血鬼の元祖とも言える存在である。ちなみにドラキュラが本家。  もっとも、類型化された吸血鬼の数々の特徴は『カーミラ』にはない。  よってキャスターは、太陽の光も流れ水も平気だし、変身能力も持たない。  『カーミラ』で明記されている弱点は、心臓に杭を打つこと。そして賛美歌を嫌がることである。 「木の杭なんて持ってきてないじゃろ。あったらとっくにリアンにぶち込んでおるじゃろうしの。  賛美歌でも歌ってみるか? 多少動きが鈍っても、全然わらわはかまわんぞ。リアンは平気じゃからな」 「うんっ。あのねー、ぼくは流れ水と木の杭と、銀とお日様が苦手なのー」 「この小僧全部ばらしおった! こうなったらおぬしら、絶対に帰さないからの」 「盛大な自爆だった気もしますが……ともあれ、私がいいたいのはそういうことではありません。  チェックメイトです、キャスター!」  マスターにはサーヴァントの正体を看破する能力が備わっている。  宝具だけは見抜きにくいが、使用された上に真名まで見抜くことができれば、詳細なデータも手に入る。  彼女が確認した、キャスターの宝具データは以下の通りである。

『鮮血拷問城(チャフティツェ・フラド)』 " 種別:結界 形態:継続 分類:対軍 " " ランク:A ダイスボーナス:4"  追加効果 "  喪失時死亡 解除喪失 "   使用条件/大量の血液が必要 "  達成値ペナルティ 肉体的なもの"   BS継続ダメージ付与 物理的なもの。 "  シーン作成 夜。元々夜なら陣地と効果重複" "  MP吸収/HP 継続ダメージとキャスターの攻撃に、MP吸収性能を付与する。 " "MP消費 8 " " 612人の少女の血を搾り取った、キャスターの居城が宝具となったもの。 " " 魔術師としての工房であり、結界であり、迷宮であり、また拷問・処刑場でもある。 " " 若い少女の肌のごとく美しい白石造りの城という外観をしてはいるが、 " " 内部には鮮血の色をした調度品、そして無骨で残虐な拷問器具が大量に並べられている。 "  キャスターが獲物と認識する対象に対して自動で襲い掛かり、Aランクの拘束と継続ダメージを与える。 " そうして流れ出た血は床や壁から吸収され、キャスターへと送られる。 "  また結界内部は常に夜であり、彼女の吸血鬼としての能力を発揮させる。  大量の血液を媒介とすることで発生させることが出来るが、既に敷いた陣地と累積すると更に効果が増す。  ただしキャスターの命と直結しており、

この結界の消滅はキャスターの死亡と同義。


 そして、アンナは叫んだ。 「セイバー! 全力でこの結界を破壊しなさい!」 「応っ!」 「なっ……なんじゃとおおおお!?」  セイバーが臨界寸前の太陽剣を、リアンではなく空に向ける。  そこにあるのは夜空に輝く巨大な赤い月。  それこそが、キャスターの結界の基点、そのものだった。 「燃え盛れ! 『運命られし破滅の剣(グラム)』 !」 「や、やめるのじゃあああああ!」  赤い月に向かって膨大な熱線が放たれる。  今宵六度目の太陽剣。夜と昼、月と太陽がついに直接対決する。  させるかとキャスターは自分の影に手を突っ込み、全力で防御魔術を行使した。  赤い月が巨大な、鉄の処女に覆われる。いや、それでもまだ、足りない! "[セイバー攻撃 攻撃専念 HP-15 MP-20消費 宝具使用A50+40+2=77]" "[キャスター防御 33an5+4an4=30。ラック使用で 35 差分値42]" "[結界防護点50/2 HP20 42+22-25=39ダメージ]" 「リアアアアアン! 令呪を使うのじゃー!」 「う、うんっ! れいじゅをもってめーず、おかーさんがんばれ!」 [リアン令呪使用。ダメージ-20 39-20=19 結界HP残り1]  リアンの最後の令呪によって、赤い月が輝きを増し、太陽剣を押し返す。  だが 「令呪を持って命ず! セイバーよ、月を焼き尽くしなさい!」 「おおおおおおおっ!!」 [アンナ令呪使用。達成値+10 39-20+10=29 結界破壊]  アンナの最後の令呪によって  鮮血拷問城は、月詠ハイアットホテルの最上階と、キャスターの命もろともに吹き飛んだ。

―――――キャスター『エリザベート・バートリィ』脱落。